『トップクライマー「ジミー・チン」がアカデミー賞受賞監督になるまで』(InterBee2019より)〜ザ・ノース・フェイスに見るインハウス動画の可能性〜

今年の11月13〜15日に開催されたInter BEE 2019(国際映像機器展)のキャノンブースで興味深いプレゼンテーションがありました。ザ・ノース・フェイス・ジャパンの田中嵐洋氏とピクチャーズデプトの汐巻裕子氏による、『トップクライマー「ジミー・チン」がアカデミー賞受賞監督になるまで』というタイトルの対談でした。先日の2019年アカデミー賞・長編ドキュメンタリー賞を受賞した『フリーソロ』を撮影・監督したジミー・チン氏について語るもので、そこではザ・ノース・フェイス・ジャパンの動画制作にも触れられていました。私は今年はIneter BEEには行けず、配信動画を見たのですが、興味深い内容でしたので思い出せる範囲でここに書きたいと思います。

映画「フリーソロ」
ラスト20分-、極限を超えた体感。高さ975m断崖絶壁。ロープ無し、素手で登りきる。/原題:Free solo

『フリーソロ』を撮影監督したジミー・チン氏は、登山家でプロのトップクライマー。エベレストの頂上からスキーで滑降した数少ないスキーヤー。ナショナルジオグラフィックのカメラマンでもあり、2015年に撮影・監督したドキュメンタリー映画『MERU/メルー』はサンダンス映画祭の観客賞を受賞。映画監督としてのキャリアもスタートし、2作目の『フリーソロ』でオスカーを手にしました。両作品とも奥様であるエリザベス・ヴァサルヘリィ氏との共同監督になります。

ジミー・チン監督

ジミー・チン氏のカメラマンとしてのキャリアは、若かりし頃、ヨセミテを拠点に貧乏クライマーとして活動していた頃、たまたま撮った写真が出版社に500ドルで売れたことからスタートしたといいます。これは仕事になるのではと思ったジミー・チン氏は、活動資金を得るために山岳カメラマンとなります。ナショナルジオグラフィックにも長く掲載され、カメラマンとしての腕も超一流です。

12.31公開『MERU/メルー』劇場予告編
サンダンス映画祭観客賞受賞『MERU/メルー』
映画『フリーソロ』予告編
オスカーを受賞した「フリーソロ」

『MERU/メルー』『フリーソロ』も共通しているのは、クライミングをテーマにしていることと、撮影対象が彼の長年の友人たちであることです。つまり、これらの作品は、彼が最も得意としているフィールドで、彼が最も信頼している仲間たちと撮った映画、ということになります。
命綱を付けないフリークライミングそのものが、死と隣合わせで、スリリングで目を覆いたくなるシーンの連続なわけですが、それは撮影する側にとってみれば、友人の死を目の前で撮影することになるかもしれないという、常に緊張した精神状態での撮影になります。
ましてやクライマーにしてみれば、一瞬集中力が途切れただけで死に直結しますから、他人がカメラを向けるというのはありえない話です。信頼のおけるカメラマンが、クライマーの気持ちを先読みし、一切の邪魔をしないというのが大前提の撮影になります。お互い、命を預けるほどの信頼関係がなければ成立しないと言えるでしょう。
そして、クライマーが何を考え、そのルートを選び、その岩のくぼみに指を当て、足を乗せ、よじ登っていくのか。そのクライマーの心理を追うカメラワークは、ジミー・チン氏にしかできない撮影であることは間違いありません。

田中氏と汐巻氏の対談では、「クライマーの映像はクライマーにしか撮ることができない」「同じフィールドの専門家だからこそ撮れる映像がある」という話がありました。それは、いくらプロのカメラマンが入ったとしても絶対撮れないものなのだ、と。
ザ・ノース・フェイスのプロモーション動画は、スキーなどのエクストリームスポーツが多いようですが、これもまた、スキーヤーたちが撮っているそうです。そもそもが危険ですし、被写体を追いかけるにはスキーの技術が必要なのは当たり前ですが、そのフィールドを熟知している人だから撮れる映像があり、そこにこそ価値がある、ということなのだろうと思います。

そしてここで重要なのは、撮影するのは必ずしも「プロのカメラマンでなくても良い」という時代になっている、ということです。撮影機材がコンパクトで、誰にでも扱えるようになり、撮影方法もすぐに習熟して綺麗な映像を撮ることができます。むしろ、そのフィールドにおける経験値の方が撮る映像に如実に反映するというのは、撮影だけを専門にしている人たちにしてみれば、結構衝撃な事実と言えるかもしれません。

ザ・ノース・フェイスの田中氏は、広告宣伝を担当し、映像のディレクションもされているそうです。以前は制作会社に丸投げしていたそうなのですが、どうも企業のイメージにしっくり合った映像ができあがらない。それなら自分たちでやっていこうと、田中氏がディレクションし、プロジェクトごとにスキーヤーなどとチームを組んで撮影していくスタイルになっていったそうです。

Welcome THE NORTH FACE Team Aya Sato

それは、ザ・ノース・フェイスというブランドが、ユーザーと共有されてきた物語を、いかにブレなく映像にしていくか、ということに重点をおいているからだろうと想像します。それができて、初めてユーザーと心を共にすることができ、プロモーションとしても成功する。それは、日々製品と向き合い、ユーザーと向き合っている、社内の人間でなければ感じられない肌感覚のようなものが存在しているはずだと思います。
そしてジミー・チン監督もザ・ノース・フェイスの映像をつくるメンバーのひとりであり、サポートを受けている登山家、ユーザーでもあります。
私はこの肌感覚を頼りに動画をつくるということが、これからプロモーションにおいてもすごく重要になってくると思っています。これまでのプロモーションのように、きらびやかな映像で架空の物語をつくり、ユーザーの気を引く時代は終わっていきます。そんなもので、今のユーザーを騙すことはできません。むしろ、ブランドが、どこまで自分たちに寄り添っているのか、想いを共にしているのかが大切なのです。

ザ・ノース・フェイス・ジャパンが制作した映像は、世界最高のアウトドア映画祭であるバンフ・マウンテン・フィルムフェスティバルにも出品されるなど、その映像は高く評価されているようです。こういった展開も、自社でハンドリングしていったことで冒険もできたろうし、テーマ性を全面に出していけたのが大きなプラスであったろうと思われます。これが広告代理店が作ったとしたら、もっとマーケ寄りの映像となり、映画として評価はされなかっただろうと想像します。

The Kingdom of Snow 予告編 1
海外映画祭を意識して作られたという作品の予告編 バンフにも出品されるのかも

インハウスで動画を作ることは、映像の質という点では素人臭さが出てしまうケースもあります。しかし今のWEB動画においては、その方がリアリティがあり好まれる傾向があります。むしろ作り込まれた映像は、嘘くさく、むしろユーザーとの距離を生んでしまいます。そこのさじ加減は難しいところですが、カッコよければいい映像と言われた時代はもう終わっていると言えるでしょう。
そこには、必ずブランドとユーザーとのストーリーがリアルに描かれている必要があるのです。

ON THE ROAD

そういう意味では、広告代理店や制作会社と、クライアント企業との付き合い方も、より密に「想い」を共にしていかなければ、ユーザーにフィットしたプロモーションは成功しないように思います。そして、企業がインハウスで動画制作を行っていく流れは、これからますます増えていくでしょう。

そこでプロの映像制作者はどのように関わっていくのか。
実はジミー・チン監督の『MERU/メルー』は、監督自身の編集でサンダンス映画祭にエントリーし、2回落選しているといいます。そこで奥様で監督でもあるエリザベス・ヴァサルヘリィ氏が参加し、編集マンを入れ、大胆に編集を変えて3度目の正直でサンダンス映画祭で受賞したという裏話があるようです。それぞれの得意分野をうまく発揮して動画制作を行っていく、クライアントも制作会社も関係ない、フラットなチームとしてのあり方が求められていくだろうと思います。

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